こんなSNS抜け出して、2人で海を見に行くぞ

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やることは山積、やりたいことはなんもねぇ状態で、生きる毎日を繰り返している。 →その結果…… 暇があれば適当なゲームとYoutubeばかりで、何を成すこともなく、何を消化することもない、ムカデ人間の真ん中みてぇな人間になりました。

そんなロクでもない人間であっても、「がんばりたいなぁ」となる期間は断続的に訪れるもので。大体旅行に行くとかイベント行ってデカいオタク欲求が満たされるとか、案外簡単なことで感化され、「明日から頑張るぞ」という気分になります。 そのパターンの内1つに「音楽を通した強大な感動の喚起」というレアなものがあり、その紹介をしようかと思います。と言っても、自分がぱっと思い出せるのは2例しかなく、1つは夜に駆けるを自室で初めて聞いてた時のことでした。BGMをYoutubeでつけて部屋を片付けていたら、自動再生でいきなり流れてきて、ラスサビ前の転調で本当に驚きました。本当に書きたいのはもう一つの方。

カスインターネットヒューマンなので、もう1例もインターネットな音楽、しかも悪いほうの。「INTERNET YAMERO」って言うんですけど。ある日風呂に入っていて、当然のようにYoutubeを見ていました。その日はNeedy Girl Overdoseが何がしかの生配信をやっている日で、そのことをふと思い出して動画を開きました。ちょうど、新曲が披露されるタイミングでそれを開いたので、ラッキー、と思いつつ頭を洗い出したような気がします。でも、それをすぐにやめてしまいました。先述の曲が流れて、聞かざるを得なかったので。 曲の内容については深くは全く語る気はないけども、笑ったし、軽く泣いたような気もする。文字通りインターネットが生命線だった、そしてこれからも生命線であり続ける自分にとって、一番好きな魂が表現されてたのが幸せだったのかもしれませんね。 別に超てんちゃんの病みの部分が好きなわけではなく、インターネットが顕現したような姿が好きだったのだからこそ(次世代の博麗靈夢になると本気で思ったほどに)、びっくりした。自分が叫んでるのかと思った。

結局その日はその曲を無限に流しながら寝ました。ドハマりという言葉一つでは言い表しようがないほどの曲だったと思います。しばらくは自分を救い続けて、最終的に、今もAppleMusic上の自分が聴いた回数ランキング1位を今もキープし続けています。なんだかんだインターネットは最高ですね。 今になって発表時期を調べたら2023年の3月でした、あんまり何もない1年間が終わって、あんまり何もない4年間が始まろうとしている時期でした。何かを予感して、いつかの自分が予定的に救われていたのかもしれませんね。 今になって、ここまでの道程を後悔してももう遅いんですよ。何もないのは自分のせいだし、やることが詰まってるのも自分のせいで、やりたいことが詰まってるのも自分のせい、やらなくていいことで詰まっているのも自分のせい。敬体で書き始めたことを後悔してももう遅いんですよ。 いっといずのーゆーすくらいんぐおーばーすぷりっとみるく。 でも、全部知らないと錯覚しながら、なんか奇跡が起こって盆に戻らねぇかな、と願うだけの日々を送っています。水を他所から持ってきたほうが早いのにね。本当は水なんていっぱいあるはずなのに……でも、一体何処に?